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 小学校低学年のころまで、作文の文末によく「楽しいでした」「嬉しいでした」という表現を用いていた。それは僕個人だけではなく、周囲の子供たちもそうだったので、それで正しいのだと思い込んでいた。
 ある日あるとき、高校の体育教師だった父から「楽しかったです」が正しいと指摘されたことがあったのだが、そのときは「楽しかった」のあとに「です」をくっつけることが、木に竹をつぐような固い表現に感じたものだ。そのうち「楽しかったです」という表現に慣れ、小学校高学年になるころには普通に「楽しかったです」と書くようになっていた。

 それから何十年も経ってそのことを懐かしく思い出すことがあったのだが、なぜそんな表現を使っていたのかということまでは考えたことがなかった。

 平成16年の秋、28年ぶりに故郷鹿児島にUターンし、インターネットを繋いでからその理由が分かった。どこかのサイトに「楽しいでした」というのは鹿児島の方言だと書いてあったのだ。
 ためしに鹿児島関連のサイトを覗いてみると、小学生だけでなく高校生も大人も、普通に「楽しいでした」と書いている。さらには、ずっと地元にいる30代の知り合いに「楽しいでした」について話してみたところ、一瞬固まってしまった。

 「え? 『楽しいでした』って、方言なんですか?」

 現在に至るまで「楽しいでした」を正しい日本語だと思っていたのだ。

 ただ「楽しかったです」という表現も、どこか熟していない感じがする。古くは「楽しゅうございました」と言っていたわけだが、それだと現在では古語的なニュアンスが感じられ現代文の中では違和感がある。たぶん、それに代わる表現として比較的新しく使われだしたのではないかと睨んでいる。

 僕自身、「楽しかったです」という表現はやや稚拙に感じられるので、「楽しいひと時でした」とか「楽しいライヴでした」というように、名詞にかける形で使っている。

 今日、ふと思った。

 「きれいでした」とは言っても「きれいだったです」は言わないよな…。

 単に慣用されているかそうでないかの問題で、どっちが正しいということではないのではないか、とも思ったが…。

 「きれい」

 たまたま語尾が「い」になっているが、形容詞ではなく「きれいだ」「きれいな」という形容動詞の一部であり「嬉しい」「楽しい」などの形容詞ではないのだ(笑)
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日本語クイズ 2

第1問
次に示す語句、あるいは表現の誤りを指摘してください。
指摘せずとも単に笑うだけでも可。ただし、笑ってしまった場合、どれを見て笑ったかは、教えてくださいね。

1)ありがとうございました
2)あり得(う)ります
3)違和感を感じる
4)一部の望み
5)お求め安い価格
6)過半数を超える
7)統廃合
8)X'mas
9)ナルシスト
10)ハングル文字
11)ハンドルネーム
12)モノ黒
13)おられますか?
14)うっとおしい
15)絆が深い
16)的を得た表現
17)風の噂
18)雪辱を晴らす
19)シクラメンのかほり
20)スタンディング・オペレーション
21)動脈効果
22)びっくり腰

第2問
正しい読み方は?

1)一段落(ひとだんらく)
2)NATO(ナトー)

付録
ムーディーという単語の日本での使い方は、本来の意味のほぼ逆です。

moody =気むずかしい, むら気の; 不きげんな 

答えはこちら
 ↓

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「赤とんぼ」

 NPOの「日本童謡の会」が実施した「好きな童謡」についてのアンケート調査によると、最も人気が高かったのが「赤とんぼ」。

20070701170909.jpg



    「赤とんぼ」
           作詞:三木露風 作曲:山田耕筰

  夕やけこやけの 赤とんぼ
  負(お)われて見たのは いつの日か

  山の畑の 桑の実を
  小かごに摘んだは まぼろしか
                 
  十五で姐(ねえ)やは 嫁に行き
  お里のたよりも 絶えはてた

  夕やけこやけの 赤とんぼ
  止まっているよ 竿の先

 2行目に「負われて見たのは」という歌詞が出てくる。実は、今日この日までずっと「追われてみたのは」だと思い込み、子供たちに追われる赤とんぼの様子を想像していた。
 三木露風が、この詩を最初に発表したときには、「夕焼け小焼けの」に続く言葉は「赤とんぼ」ではなく、「山の空」だった。


  夕焼小焼の 山の空
  負われて見たのは まぼろしか

  夕やけ小やけの 赤とんぼ、
  とまってゐるよ 竿の先

       三木露風 「赤蜻蛉」

 「負われて見た」とは「背負われて見た」という意味。幼き頃のおぼろげな記憶を「まぼろしか」と歌っているわけで、かなりずれた想像をしていたことになる。「赤とんぼが追われた」のではなく、また、背負われて赤とんぼを見たのでもなく、山の空を見たと歌っていたのである。
 タイトルも最初は「赤蜻蛉(とんぼ)」という漢字が使われている。これは、幻のように頼りない幼児期の記憶と「蜻蛉」の別の読み方「かげろう」のイメージを重ねたのかも知れない。

 また「小焼け」という言葉は、goo辞書に「『夕焼け』と語調をそろえていう語」とあるように、語呂上の遊びかと思っていたら、あちこちのサイトを覗いているうちに、ちゃんと意味を持った言葉として存在していることを知った。夕焼けというのは太陽が西の空に沈むときに空が赤くなる状態を指して言う語。太陽が沈んで10〜15分するともう一回空が赤くなる。これが「小焼け」と言うのだそうだ。三木露風が果たしてそういう意味で「小焼け」という言葉を使ったかは分からないが…。
 激しい雨。雷鳴轟かせ、空全体から大地に向かって叩き付けるように落下する膨大な量の水。フロントグラスに叩きつけ、視界を奪い、運転することに恐怖さえ感じるほどの大雨。時には災害を引き起こし、人の命を奪う。

 そんな雨のことを、日本語では「バケツをひっくり返したような」と喩える。

 いつだったか、水を張ったバケツをひっくり返して水を撒いたときのこと。
 パシャ!と一瞬音をたて、地面の一部をちょっと湿らせ、そして何事も無かったかのような静寂が漂った。

 ― ショボイなぁ…。バケツをひっくり返したような雨って、こんなんかい?

 古池や 蛙飛び込む 水の音

 情緒的には、この歌とさほど変わらん。

 その時以来、正直言って「バケツをひっくり返したような雨」という表現が、ギャグみたいに思えてしょうがない。
 朝起きてみると、昨夜の土砂降りが嘘のように晴れていた。

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 「五月晴れ」という言葉は、元来このような梅雨の晴れ間のことを指していた。旧暦の五月は、梅雨時にあたる。

 そこでふと思った。

「五月蝿い(うるさい)」という言葉も、6月の蝿のことを指していたのではないだろうか?

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