fc2ブログ
  1. 無料アクセス解析

TOP PAGE


Web 検索


ブログ内検索


写真をクリックすると、掲載記事に移動します


最近の記事


Google Adsense


月別アーカイヴ


ブロとも申請フォーム


最近のコメント


Google adsense


 昨年秋、鹿児島市宇宿の住宅地に、「二軒茶屋温泉」という名のちょっと変わった銭湯があるのに気づいた。

 どんなふうに変わっているかというと、まず規模がまるで普通の民家程度であること。駐車場には、車4台しか停められない。もうひとつは、「女性専用」であること。

 そのどちらも、これまで見たことがなかったので、ちょっと不思議な気分になった。こんなにひっそりとした佇まいで、経営は成り立っているのだろうか? 
 
看板(29%)


建物全体の様子(29%)


出入り口(29%)



 気になったので、ネット検索してみたところ、あるサイトに、こんなふうに書いてあった。

「女性専用は全国でも初めてじゃないかしら。狭くて女ぶろしか造れなかったの」と番台の大薗トキ子さんは笑う。
 昭和28年から営業していた銭湯を訳あっていったんは閉めたが、ここの泉質にほれ込んでいた常連客から再開のラブコールが起きたという。

「二軒茶屋温泉でないと足が治らないと言われてね」

 湯は循環でなく、どんどん温泉がわき出て流れているので、いつも清潔な状態。

「湯の色がきれいでしょ。胃腸にいいから飲んでもいいのよ」と教えてくれた常連客のご婦人の肌はツヤッツヤ。


 別なサイトには、このような説明が出ていた。
   ↓

 全国で初めてという、女性のみ入湯可の温泉。掛け流しの温泉は少し緑がかっていて、特にリウマチや皮膚病に効果があるとか。わざわざ遠来の湯治客も絶えない、女性の強い見方です。

 泉質 塩化物泉
 効能 リウマチ、皮膚病、切り傷 等
 施設 浴槽1

 営業時間 09:00~22:00、金曜休、330円
 所在地 鹿児島市宇宿1-13-15

   ※国道225沿いのマツダ自動車を右折)
   ※市電二軒茶屋電停から新栄町方面へ徒歩2分。
 本日、生まれて初めてこの動物園に行ってきた。
 鹿児島に生まれ育った僕が、なぜ今まで一度も行ったことが無かったのか…。
 オープンしたのが昭和47年10月で、僕は高校1年生だった。ロック少年と化し、動物園に対する興味が失せていたのだ。
 僕の記憶にある動物園は、移転する前の鴨池動物園。小学校1~2年の頃までの朧な記憶の中でかすんでいる。動物よりも、園内を半周するおもちゃの電車とかコーヒーカップなどの乗り物がお目当てだった頃だ。

 4年前、ふるさとにUターンして以来、平川動物園に一度は行ってみようと思っていた。どういうわけか、4~5日前からその気になっていたのだが、行くなら家族連れで賑わう日曜日が良いと思って、今日を待っていた。子供たちの声があちこちから聞こえる雰囲気も楽しみたかったのだ。

 料金200円の併設駐車場に車を置き、インターネットの写真で見たアーチ型のゲートに向かって歩いた。
20070909222916.jpg


 入場料大人200円、小人50円というのが嬉しい。
20070909223026.jpg


 入り口ゲートをくぐると、桜島をバックに、キリンやダチョウ、シマウマなどが一緒にすごす「アフリカ園」が見えてきた。
20070909223232.jpg

 キリンを直に見るのなんて、何十年振りかのことである。大きな体と、そのゆったりとした動きに感動してしまった。
 僕のデジカメは、ほぼ何の機能も付いていないバカチョンカメラなので、被写体に近づいて撮影できないとちょっと苦しい。ズームレンズが欲しいなぁ!

20070909223521.jpg

 ライオンの檻の前では、多くの人が足を止めていた。迫力のある圧倒的な存在感は、その周囲の他のネコ属の存在を薄くしていた。空腹だったのか、いらだって狭い折の中を右往左往していて、顔つきにも緊張感がみなぎっていた。乳母車に乗せられた子供が泣き出していた。無理も無い。金網越しだから良いものの、こんなのが檻の中から飛び出して周囲をのし歩いていたら、堪ったもんじゃない。

20070909224400.jpg

 檻の中のライオンに比べると、トラのほうが優遇されていた。築山と池付き。それでもやはり狭いことには変わりなく、苛立ったように池に入ってはすぐ出て、右の端まで歩き、取って返して池に向かうという動作を繰り返していた。

20070909224803.jpg

 フライングケージと名づけられた1,900平方メートルの巨大な鳥カゴの中に、人が入ってゆく。熱帯雨林的空間を鳥と共有しているような一体感がある。約15種類の鳥たちの色彩が鮮やかだ。
 でも…、Flying cage って、「空飛ぶ鳥かご」っていう意味になるんじゃないのかなぁ?

20070909225230.jpg

 パタスザルのこどもが、膝をそろえて網にしがみついている姿が可愛かった。

20070909225447.jpg

 ナマケモノが放し飼いにされている。これは粋な計らい。目の前に生えた木の枝に、突然視界にナマケモノが出現するのは感動的だ。
 空を見上げる形での撮影になるので、どうしても逆光になる。肉眼では、美しい毛並みが見えていたのだけど…。

20070909225820.jpg

 この中に、オーストラリアのクィーンズランド州政府から贈られたコアラがいる。日本の動物園の中では、もっともコアラの個体数が多いのだそうだ。

20070909230045.jpg

 ユーカリの枝にじっとしがみついている様子や、葉をもぐもぐと食べている様子は、動くぬいぐるみを見ているようで可愛かった。よくあんなのんきな動物が生き延びてきたものだと思う。不思議大陸オーストラリア!

20070909230414.jpg

 ヒマラヤグマ、ツキノワグマと並んで、ホッキョクグマが飼育されていた。鹿児島の夏は、さぞかし暑いだろうなぁ。

 入園時刻が午後3時ごろで、回っているうちに小屋の中に移動する動物もいて、ゾウ、サイなど、写真に収めることはできなかった。やっぱし動物園に行くなら、午前中が良い。
 それと…、1人で行くのって、なんだかつまらないなぁ。考えてみると、動物園に1人で行ったのは、初めてのことだった。
 僕が卒業した鹿児島市立西田小学校の北西角付近に、こんな石像が立っています。

20070705224040.jpg


 これは、鹿児島の田んぼのあぜみちなどを歩いていると、よく見かける「田の神様(たのかんさあ)」と呼ばれるものです。

 田の神信仰は全国的にみられますが、石の像として信仰される田の神は、鹿児島県の薩摩・大隅、宮崎県の日向南部(旧薩摩藩領)だけに見られるもので、現在2000体が確認されていると言われています。
 江戸時代中頃から、開田の記念と豊作を祈って作られたもので、単体丸彫、単体浮彫、一石双体丸彫、一石双体浮彫、自然石、自然石文字彫、角柱文字彫、磨崖など、さまざまな形があります。

20070705224210.jpg

 この田の神は、自然石に像を浮き彫りにしたもので、頭にシキ(蒸し器と釜の間に敷く藁製品)をかぶり、右手に飯杓(めしげ)、左手に椀を持ち、両膝をやや曲げ、腰をおとした姿は踊っているように見えます。
 背面に刻まれていた「安永2(1772)年正月16日 奉供養庚申講 西田名二才中」の文字から、この田の神は、旧西田村の青年たちによって庚申供養のために立てられたことが分かります。昔は、この“たのかんさあ”を囲んで宴を催す「田の神講」も盛んに行われていました。
 現在、この一帯は田んぼが宅地に変わり、当時の面影は、ほとんど残っていません。

 この像が立っている場所から、400メートルほど西にある常盤町公民館のそばには、こんな素朴な“たのかんさあ”が2体並んでいます。
20070705224824.jpg

 初めて店の前を通ったのは昨年の11月末。過ぎ去った良き時代を思わせる店構えに惹かれた。その後何度かその前を通る機会があったものの、仕事中だったため、客として入るわけにはいかなかった。その後、半年以上が経過、初めてゆっくりと訪ねて話を聞くことができた。
 
 店の前は私道なので、路上駐車しても取り締まりの対象にはならない。
20070702185435.jpg


 ご夫婦が店を始める前は、星ヶ峰に住んでいたのだが、定年退職したのを機に、ご両親が亡くなって空家になっていた御主人の実家に戻り、軽自動車2台を留めていた車庫を店舗に改装しオープン。今年で5年目に入った。
 鴨居と敷居部分だけは専門の大工さんに頼んで作って貰ったが、それ以外は、すべて御主人の手作業。必要な材料は、廃材を利用したり、リサイクルショップで探した。
20070702185523.jpg

 ご夫婦とも昭和15年生まれの同い年。奥さんが育った家も、そこから数件目というご近所さんで、同じ小学校、同じ中学校に通った同級生夫婦。お客さんの中にも、同級生が何人かいらっしゃるとのこと。
 店構えからこちらが勝手に想像した通りのお店で、子供時代を過ごした町に再び住まわせて貰うのだから、楽しく過ごせる交流の場としてご近所さんたにのお役に立てることが第一と2人は言う。以前、新聞社から取材申し込みがあったのだが、それもお断りした。自分たちが忙しくなることも、従来のお客さんがゆっくりできなくなることも望んでいることではない。
20070702185640.jpg

 定休日の日曜日に温泉に行った帰りに農作物直売所や道の駅などで食材を探してくる。
 お客さんの中には、差し入れを持ってくる人もいる。そうやって頂いたものに手を加え、皆さんに無料サービス。僕がお邪魔している間だけでも2件の差し入れがあった。
 注文の品を待っている間に、すもものハチミツ漬け、梅のハチミツ漬け、梅干、ラッキョウの酢漬け、掻き揚げ、焼きナスなどがズラリと並び、テーブルは賑やかだった。
20070702185806.jpg

20070702185830.jpg

20070702185916.jpg

20070702185944.jpg

20070702190008.jpg

 最初に注文したのは、やきもち2枚 90×2=180円 
(ごく普通の焼き餅。日曜日にもち米を15時間水に浸すところから餅作りが始まる。)
20070702190208.jpg

 次が味噌ラーメン 350円 
(専門店の味を要求してはいけない。家庭料理としてのラーメンである。)
20070702190331.jpg

 食後には、UCCアイスコーヒー[微糖]1杯と、差し入れで貰ったお菓子が無料サービス。
 〆て530円。
 
 おかみさんのキャラクターがいかにも客商売に向いている感じだが、この店を始めるまで、その経験はない。御主人は運送業、女将さんは仕出しの会社に勤めるサラリーマンだった。ただ、女将さんの生家が駄菓子屋さん、いわゆる一銭店屋だったので、お客がやってくる場の空気だけは子供の頃から知っていて、それは役立っているかも知れないと言っていた。

 面白いと思ったのは、床屋に行けないご老人の髪の毛を、路上で無料カットしていたこと。このお客さんの部屋のエアコンの調子がおかしいというので、その後、御主人が自転車でお宅までレスキューに向かった。
20070702190423.jpg

 ちょっと長居している間に、おかみさんが、昭和30年代半ば頃、近くにあった「がんがら橋」のそばで市が開かれていたことや、子供の頃、実家の駄菓子屋で、ハッタイ粉を使った飴を作っていたことなどを話してくれた。

 今時、こんなお店はなかなか無い。稼ぎは僅かなもので、年金があってこそ成り立っているとおっしゃるが、売上以上に大きなものを常連さんたちと共有していることは確か。正直言って羨ましい。
DSC00008.jpg


 あの火山島には、桜の木が多いわけではない。それなのになぜ「桜」の「島」と書くのか不思議に思う人が多いようだ。

 これについては、次のような3つの説がよく知られている。

①大爆発とともに島が出来たときに、桜の花が海一面に浮かんでいたのでこう呼ばれるようになった。

②10世紀中頃、大隅の守(かみ)として赴任した桜島忠信の名前に因んでいる。

③桜島の五社大明神社(袴腰にある月読神社のこと)に祭られている木花佐久夜姫(コノハナノサクヤヒメ)に因んで「サクヤ島」と呼ばれるようになり、それが「サクラ島」となった。

 奈良時代後期には、当時の噴火関係資料に見られる記載から、桜島は「麑嶋(鹿児島)」と呼ばれていたと考えられている。桜島のことを指していた地名が次第に拡大され、対岸の鹿児島湾北岸を指すようになり、中心地であった鹿児島市の地名、そして県名としても使われるようになったのである。

 鎌倉末期以降は、「向島(向之島)」と呼ばれるようになった。現鹿児島市からみて、海の向こうにある島という意味である。
 桜島と呼ばれるようになったのは、文明8年(1476年)頃からで、その頃は、まだ旧名の「向島」と併用されていた。「向島」という名が使われなくなったのは、それから200年余が経過した元禄11年(1698年)頃のことである。

 こういった経過と照らし合わせると、上記3説のうち①と②は、由来となった事柄と、呼び名が使われるようになった年代が、時間的に遠く隔たっており、信憑性は低いと思われる。ちなみに、桜島が誕生したのは2万5000年前である。

 以上3つ以外に、こんな説もある。

④桜島という語は、「サ・クラ・ジマ」からなり、サは接頭語、クラは断崖・崩壊谷あるいは険しい斜面をもった山、という意味。そこから「桜島」となった。

 これが一番もっともらしいと言えるが、実は確かなことは分かっていない。

※写真は、2003年11月、城山展望台から携帯電話のカメラで撮影したものです。


Powered by FC2 Blog