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あし@


呼び声

 土曜日の夕方、僕は鹿児島市の中心地から少し外れた古い商店街を歩いていた。

 昔は賑わいを見せていたであろうその街も、今では下ろされたシャッターが目立ち、米屋、煙草屋、花屋、クリーニング屋などが、ぽつりぽつりと店を開いている状態。

 猛暑も日が傾くにつれ峠を過ぎ、近所のおかみさん同士の立ち話がどこからか聞こえてきた。

 ふと会話が途切れ、誰かを呼ぶ声が響いた。

 「おねえちゃーん」

 僕にとって、それは単なる環境ノイズだったのだが、「おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃーん」と、繰り返されるうちに、それが言葉として耳に入ってきた。何事だろうと思い振り返った。

 すると…、

 声の主の視線は、まっすぐ僕を捕らえている。

 尚且つ、それでも僕を「おねえちゃん」だと思い込んで話しかけてくる。

 そこでハタと気づいた。

 そのとき僕は、炎天下を長時間歩くため、バテないように頭にタオルを巻き、アラブ人女性のように顔が隠れるような格好をしていた。男性としては肩幅が狭いほうで胸板も薄い(そのせいか、ほんのたまに、後姿を女性と見まがわれることがある。後ろから「おばちゃん」とか「奥さん」とか呼びかけられてムッとしたこともある)。

 そこで、ちょっとイタズラ心が…。

 頭に巻いたタオルをバサッと取り払いつつ、

 「おねえちゃんじゃなくてオジサンだけど」

 御婦人お二方、一瞬「ハトに豆鉄砲」状態。ちょっと遅れて大爆笑。

 「あはははは〜〜!」

 「こんなオレンジ色のティーシャツなんか着てるから、女性だと思ったんでしょ?」

 「いや、しぐさがなんか」

 しぐさ?

 仕草が女性っぽいわけがない。僕はただ歩いていただけなのだ。



 *** *** *** *** 



 ちょっと 後ろ姿なんぞ 鏡に映して撮影してみた。


後ろ姿(30%)


 髪が長いのは、単に床屋に行くのをサボっているため。




 顔はこんなだし…。





PIC_0020(30%)

梅雨明け

梅雨明け宣言01(30%)


 長野県に住んでいた頃、地域文化活動グループで共に活動していたある人が言った。

 「『風土』という言葉は『風』と『土』の2つの字でできている。土だけでは成り立たないということだ。この地域で生まれた俺たちが『土』だとすれば、他所から来たあんた方が『風』っていうことだな。」

 上手いことを言うものだと思ったが、鹿児島にいる現在、その言葉が感覚的に遠くなったことに気づかされる。

 信州と薩摩では、取り巻く自然も人の気質も大きく違う。毎年のように台風がやってきて暴風が吹き荒れるこの地では、信州の知人が口にした「風と土」の例えは、いさいさか色褪せてしまう。

梅雨明け宣言02(30%)


 理屈の好きな信州人に対し、薩摩っぽは「議をゆな」という言葉に代表されるように不言実行を好み、気の利いた事を言うことも苦手な人が多い。

 「オイどんが土で、ワイどま風じゃ。」

 などという言い回しは、不自然さを通り越して滑稽でさえある。その土地でこそ生きる言葉があるということだ。

梅雨明け宣言03(30%)


 本日、九州全域と山口県が梅雨明け。
 猛暑の予感。

 ラジオで地元の気象予報士さんが言っていたが、「入梅」、「梅雨明け」には気象学的基準が存在せず、「どうやらそう思われる」程度のものなんだそうだ。
加治屋町1(30%)


 鹿児島市加治屋町。

 写真中央やや右寄りに、維新三傑のうちの2人、西郷隆盛と大久保利通誕生地への案内板が立っています。この矢印の先50メートルほどのところに、西郷隆盛生誕地、大久保利通生い立ちの地(生誕地は高麗町)、維新ふるさと館などがあります。

 そして、この案内板の立っている場所。実は、ここが当ブログ運営者「めどう生誕地」なのです。

 写真、少し引いてみましょう。

加治屋町2(30%)


 駐車場に車が1台停めてある喫茶店。ここにかつて材木屋さんがあって、その2階がアパートになっていたのです。

 ここが自分の生誕地だと知ったのは、ほんの最近のことで、それまで「鹿児島市加治屋町で生まれた」という以上に詳しいことは知らずに生きてきました。生後4ヶ月で鷹師町に引っ越したため、何の記憶も残っておらず、しかも28年という長い間鹿児島を離れていたので、確かめる機会もなかったというわけです。

 ― その場所を正確に知りたい。

 それほど強い気持ちがあったわけではありませんが、どうでも良いというわけでもなく…、自分でもそのあたりが良くわからないのですが、両親から情報を得てその場所を絞り込むまでの過程は、十分楽しめました。


 *バイク屋さんとの会話

 「あの、つかぬことをお伺いしますが…」

 「はい」

 「昔、ここは材木屋さんだったのではありませんか?」

 「いえ、隣です。こちらが材木屋さんでした。『浜平材木店』という…」

 「そうでしたか! 私はそこで生まれたんです。2階を間借りしてたらしいてす」

 「ほう!」

 
 両親の口述の内容と、バイク屋さんの証言が一致した瞬間は、ちょっとだけ胸が躍りましたよ。

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