小学校1年生のとき、柴田君という同級生がいた。席がそばになったこともなく、一緒に遊んだことは少なかったと思う。少し細身でやや釣り目。やんちゃ坊主で、よく先生に怒られていたようなイメージがある。
その柴田君、新照院という町から通学していた。なぜそんなことを覚えているかというと、新照院は通っていた鹿児島市立西田小学校の校区ではないのだ。何か特殊な事情があったことは確かなのだが、そこから先の記憶が定かではない。母親が入院している間だけ、新照院にある親戚の家に預かって貰っていたとか、そんなことだったような気がする。
新照院は、国道3号線を挟んで校区の境界線にある鷹師町(現鷹師)に隣接しているので、大きく外れているというわけではないのだが、小学校1年生の頭の中には「新照院は遠いところ」というイメージが刷り込まれた。確か、普通に徒歩で通学するのではなく、バス通学だったような気がするが、そのあたりの記憶はぼやけている。遠い町から通う柴田君に、ちょっと同情の念を抱いた覚えがある。
ある冬の朝、担任の先生から、クラス全員に、柴田君が長期欠席することになったことが告げられた。原因は、火傷による入院。その火傷の原因が、練炭火鉢の上に乗っかって、お湯の沸いているヤカンを跨いで立っていたところ、足を滑らせてヤカンをひっくり返し、熱湯を直接足に浴びてしまったというものだった。
先生の口からは、小言が漏れた。
「お母さんが入院しているというのに、ふざけたことをして、お祖父さん、お祖母さんを二重に心配させて、本当に困ったやつだ」
子供心に、無茶なことをする奴だと思ったが、大火傷をしてしまった同級生を可哀想にも思った。
その柴田君に関する記憶は、小学校3〜4年ぐらいまで何となく残っているのだが、その後ぼやけているので、転校してしまったのかも知れない。
現在、新照院は僕にとって「遠い町」でも何でもない、車でよく通過する町である。
2週間ほど前、この町を通過中、看板に書かれた「新照院」の文字がふと目に入ったとき、「遠い町」というかつて描いたイメージが思い浮かび、柴田君のことを思い出した。フルネームは「柴田しゅうじ」だったが、「修二」だったか「修司」だったか…、最後の「じ」がどんな漢字だったかだけが思い出せない。
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