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 あの火山島には、桜の木が多いわけではない。それなのになぜ「桜」の「島」と書くのか不思議に思う人が多いようだ。

 これについては、次のような3つの説がよく知られている。

①大爆発とともに島が出来たときに、桜の花が海一面に浮かんでいたのでこう呼ばれるようになった。

②10世紀中頃、大隅の守(かみ)として赴任した桜島忠信の名前に因んでいる。

③桜島の五社大明神社(袴腰にある月読神社のこと)に祭られている木花佐久夜姫(コノハナノサクヤヒメ)に因んで「サクヤ島」と呼ばれるようになり、それが「サクラ島」となった。

 奈良時代後期には、当時の噴火関係資料に見られる記載から、桜島は「麑嶋(鹿児島)」と呼ばれていたと考えられている。桜島のことを指していた地名が次第に拡大され、対岸の鹿児島湾北岸を指すようになり、中心地であった鹿児島市の地名、そして県名としても使われるようになったのである。

 鎌倉末期以降は、「向島(向之島)」と呼ばれるようになった。現鹿児島市からみて、海の向こうにある島という意味である。
 桜島と呼ばれるようになったのは、文明8年(1476年)頃からで、その頃は、まだ旧名の「向島」と併用されていた。「向島」という名が使われなくなったのは、それから200年余が経過した元禄11年(1698年)頃のことである。

 こういった経過と照らし合わせると、上記3説のうち①と②は、由来となった事柄と、呼び名が使われるようになった年代が、時間的に遠く隔たっており、信憑性は低いと思われる。ちなみに、桜島が誕生したのは2万5000年前である。

 以上3つ以外に、こんな説もある。

④桜島という語は、「サ・クラ・ジマ」からなり、サは接頭語、クラは断崖・崩壊谷あるいは険しい斜面をもった山、という意味。そこから「桜島」となった。

 これが一番もっともらしいと言えるが、実は確かなことは分かっていない。

※写真は、2003年11月、城山展望台から携帯電話のカメラで撮影したものです。

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