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七夕

 子どものころは、裏庭から切り出してきた竹に、願い事を書いた短冊や、その他の飾り物を作り付けるのを楽しみにしていた。何となく、冬のクリスマスツリーと並ぶ夏の飾り付け、といった実に大雑把な対比が頭の中に出来上がっていたように思う。

 織姫とひこ星が、1年に1度だけデートできる夜に、どういうわけかは知らないが、「星に願いを…」というわけで、本気で適うと思っていたわけではないが、あれこれと願い事を書いたものだ。

 ところで、「七夕」と書いて「たなばた」。なぜこう読むのか、子どもの頃は、それなりに不思議に思ったが、深く追求することもなく、そのまんま現在に至っている。
 インターネットの普及で、百科辞典が無くても、図書館に行かなくても簡単に調べが付くようになった。便利な世の中である。本日、大体次のようなことが分かった。

 七夕は、1月7日・3月3日・5月5日・9月9日とならぶ五節句のひとつで、「シチセキ」と呼ばれる奈良時代から行われている宮中行事だった。この行事には日本と中国の2つの起源がある。

 中国に乞巧奠(きっこうでん)という宮廷行事があった。乞巧奠とは、手芸が上手になることを願って、7月7日の夜にそなえ物をする祭。「織女と牽牛が、1年に一度この日に会える」という物語にちなんで、同時に星祭もする。 この物語に似た話は中国以外にも、東南アジアから朝鮮半島にまで広く伝わっている。

 日本には古来より7月7日の夜、人里離れた水辺につくられた棚で、乙女が機(はた)を織り、神を迎えて禊(みそぎ)を行う信仰行事があった。この乙女を「棚機(たなばた)つ女(め)」と言い、これが天平年間に中国から伝わった織女伝説と結びついて、今日の七夕の風習ができたのではないかといわれている。
 
 短冊などを笹に飾る風習は、江戸時代から始まったもので、日本独自のもの。発生は、ご存知、東北三大祭で知られる仙台。
 古くから干ばつや冷害などによる飢饉が多発していたため、天災を祓う目的で紙を合わせた短冊に祈りを捧げたのが始まりといわれる。
 伊達政宗公が婦女に対する文化向上の目的で七夕を奨励したため、藩政時代から武家・町人ともに各戸の軒先に笹飾りを出していた。明治・大正期にも細々と続けられ、それを継承して1927年に商店街で大規模に飾りつけたのが現在に続く仙台七夕。
 これを習って、戦後、疲弊した地域を活性化する目的で各地に広まり、現在に至った。

 という事らしいよ。
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